ありがとうございます!アイブレイン株式会社の会社ホームページにようこそお越しくださいました。当社代表の渡邊と申します。おかげさまで大好評の「CAPプラス」はブログ収入を得る仕組み作りの協業サポートサービスです。ぜひ詳細をご覧いただけますと嬉しいです。

CAPプラスの詳細はこちらから

【ともちゃん第2回】東日本大震災が私にもたらしたものとは?失ったもの&生まれたもの

SponsordLink

平成はインターネットが登場し、パソコンが一般家庭に普及し、スマホやタブレットといった端末も誰もが当たり前に持つようになりましたよね。

それ故に、スマホにまつわる問題も大きくなっていますが、便利になったことは確かです。

私も便利さをずっと享受していましたが、今思うと「良い使い方」をしていたとは思えないのです。

今回は私の心に起きた変化について紹介していきます。

 

前回までのお話

前回の記事では以下のことについて紹介しました。

  • 平成の時代に私に起きた出来事
  • インターネットが私の人生観や性格に変化を与えてきたこと
  • 息子の不登校もあり、8年間はネットサーフィンとオンライントレードに没頭していたこと

 

私が震災で失ったもの、そして得たもの

日本中が揺れた2011年3月11日。

この日のことは、あなたも記憶に残っていることでしょう。

私と同じく自分の人生について考え、転機を迎えた方もいらっしゃるかもしれません。

 

私が住んでいるのは被災地である宮城県。

震災後3日間の停電がありました。

その3日間、私は数キロ先で起こっている出来事を一切知らずに、部屋の片付けをしながら「早く電気が復旧しないかなあ」と呑気に構えていたのです。

 

電気が復旧した時は、人生に光が差したかのごとく、希望に溢れたように感じたものです。

でも、そのように思ったのはほんの一瞬だけでした。

 

テレビをつけた瞬間に、私の感情は一転し、言葉を失ってしまったのです。

 

出てくる言葉は、

「私は生かされた・・・」

この一言だけ。

 

 

テレビに映し出される被害の大きさに、そう思わずにはいられませんでした。

 

「津波が来ている」と話を聞いていても、私の頭の中では、海が荒れているのだろうくらいの認識でしかなく、本当に津波に対して無知の状態だったのです。

 

地震の多い宮城県ですから、地震に対する心構えも準備もできている方は他県の方よりも多いと思います。ただ、津波まで想定して準備をしていた方は、私や友人知人を含め、多くなかったのかもしれません。

 

「明日がある」

「これは明日やろう」

このように思って生きている方はどのくらいいるのでしょう?

今、命があることがそのことこそが奇跡なのだと私は思うようになったのです。

 

「今日までの人生を、私は悔いなく生きてきただろうか?」

この問いを自分に問いかけた時、私の答えは「No!」でした。

息子の不登校を理由にインターネットに依存し、世間の目から逃れるように、自分は被害者のような顔をして生きてきたのです。

 

それが自分らしく生きた!と言えるのでしょうか?

 

一見ネガティブに思えるかもしれない出来事であっても、それは受け止め方次第でプラスに変えることもできるのです。

人生は乗り越えようと思えば乗り越えられるはず。

主体的に生きることの大切さが私の中で芽生え始めていました。

 

震災により、トレードの方でも未だかつてない莫大な損失を被りました。

でもそれも自分が招いたことですね、震災のせいでもなく私の責任です。自己責任で生きることを自覚するための学習代だったと思います。

 

「もう、そんなのはどうでもいい・・・」

「生かされた命を生かす生き方をしよう」

 

このように思ったことを覚えています。

 

これは私が被災地に住んでいたから思えたことかもしれないのですが、もし私が被害の少ない地域に住んでいたらどうなっていたでしょう???

きっと私のこと、損失を取り戻すことに躍起になり、前以上にトレードにのめり込んでいたと思います。

でも、ありがたくも私は生かされたことに気づけました。

これからの人生で、まだまだ役割、役目を果たせる機会はある、少しずつお役に立てることをしていけたら、と考えを改めることができたのです。

 

このように、震災によって私のかつての価値観、人生観が大きく崩れ落ちていきましたが、一方で生まれつつあるものもありました。

 

それが人と人とのつながりです。

 

きっかけは、本当に小さな、些細なことです。

でもそれは、私の中では一生忘れることのない出来事であり、私のネットデビューにも関わってくる出来事でもあります。

 

その出来事をこれから紹介します。

きっかけは旧友が運営してブログにコメントしたこと

私には、ブログを運営している旧友がいました。

旧友の書くブログは本当に面白くて、旧友を身近に感じることもできましたし、私は毎日の更新を「まだかな〜、まだかな〜」と楽しみに待っていたんですよね。

(当時は書き手が時間と労力をかけて書いていることも知らずにね)

 

震災後、少し落ち着きを取り戻した頃に、私はそのブログにコメントをしたのです。

旧友とは、中学の時に転校で離れ離れになり、その後は手紙や年賀状のやり取りだけでかろうじて繋がっていたような状況でした。

メールをしたりする仲でもなかったので、「覚えていてくれるだろうか?」という不安や、「でも、気にしてくれているのではないだろうか?」という思いや、インターネット上に投稿するという恐怖や、いろんな感情が湧いてきました。

 

しかし、私の背中を押したのが、心の奥から聞こえてくる

「今連絡しないで後悔しないか?」

という声だったのです。

 

初めてのことにトライする怖さより、後悔したくない気持ちの方が勝ったんですよね。

かつての私ではしないだろう行動をこの時はとることができたのです。

 

仮に私が逆の立場だったなら、忘れるどころか気になって仕方がなくはずなのに、どうして人はマイナスなことに思考が向いてしまうんでしょうね・・・。

 

旧友も忘れるどころか、ずっと気にして、心配してくれていて、泣いて喜んでくれていました。

 

それだけではありません・・・。

 

数日後には、ダンボール2個分のたくさんの食料を送ってくれて、WEB上の旧友の友達からもたくさんの温かい、励ましの言葉をいただいたのです。

 

あの時の感動は、今思い出しても涙が溢れてきます・・・。

 

人の心に響くものは人の心なんですよね。。。

 

私の心には温かいものが広がって、満たされる思いでいっぱいでした。

もし旧友がブログを書いていなかったら、私はこの喜びを味わえたでしょうか?

旧友とここまで心を通い合わせることができたでしょうか?

 

旧友は趣味でブログを書いていたのかもしれないけれど、

  • ブログで私を楽しませてくれ、
  • ブログがあったおかげで、私達は絆を深めることができた

のです。

 

インターネットも使い方次第なんですよね。

 

私のように、自分のエゴを満たすためだけにインターネットを使うこともできれば、旧友のように、人を喜ばせることに使うこともできるということ。

繋がりの大切さを身にしみて感じる時期だったとはいえ、インターネットのあるべき使い方を私は見せられたのです。

 

SNSやブログの使い方は人それぞれで、敬遠する方がいらっしゃることを私は否定しません。

ただ、私は感動を受けた立場側の人間。

私も同じ側に立ちたい!と思い始めたということです。

 

息子の不登校で逃げている場合じゃない、自分の気持ちだけではなく、もっと相手の気持ちを考える時、これは旧友が私に教えてくれたことでした。

 

東日本大震災は、私ばかりではなく、人生の転機となった方々が多くいらっしゃると思います。

今後の人生を変えていくために、私はインターネットの使い方を変える決心をしたのです。

 

SponsordLink

error: Content is protected !!