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【ともちゃん第1回】私の平成はインターネットと共に成長した時代

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初めまして。

くまモン大好きなともちゃんです。

 

私は今では在宅で仕事をするようになりましたが、そのきっかけは息子の不登校。

在宅にならざるを得ない状況だったので、在宅勤務は決して望んでいたことではなかったのですが、いざやってみると、

「このスタイルが私に一番合ってるじゃん!」

と気づくことになり、今に至ります。

 

11年間の長きに渡る不登校を経験したことで、昔からは想像もできない人生を今は送っています。

「だから人生は面白い!」のですよね。

 

過去の私は、人前に出ることが苦手で、文章をインターネット上で公開するのも拒むタイプの人間でした。

その私がこうして文章を書くようになったのはなぜなのか?

そのきっかけとなった出来事や社長とキャサリンとの出会いなどについて、これから数回に分けて紹介させていただきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

平成の時代に私が経験してきた流れ

まもなく平成が終わり、新しい元号へと移り変わろうとしています。

この平成という30年間、あなたにはどのような歴史があるでしょうか?

 

この平成という30年は私にとって、人生の最も多くの時間を過ごした時間であり、それなりにたくさんの経験をした時代と言えることができます。

 

時系列にして列挙すると、

 

  • 会計事務所への就職
  • 結婚・出産・育児
  • 資格取得のための勉強
  • インターネットとの出会い
  • 息子の不登校
  • 相続トラブル
  • 東日本大震災
  • インターネットを利用した情報発信
  • 趣味のスポーツのためのトレーニングの再開

 

このような流れがありました。

 

そして、私の中で強く思うことは、平成という時代はインターネットと出会ったことで、私の人生観や生活が変化してきたな、ということです。

 

平成の初めの頃はまだ携帯もパソコンも持っていなかったのに、平成が終わろうとしている今は、不思議なことに、インターネットの閲覧者側から発信者側に変化しているのです。

 

このシフトを起こしたことによって、私の人生が激変したと言っても過言ではありません。

 

なぜなら、幼少期、学生時代の私というのは、口数が少なく、一見おとなしい、とても内気な性格であり、人前に出ることを好まない人間だったからです。

 

ただ、体育だけが得意で、運動会や部活で目立つような子でした。

部活のために学校に行っていたようなものだったので、体育会系という言葉が私にはピッタリです。

 

基本的に、人前に出たくない傾向はいまだにあると感じていますが、インターネット上で文章を書くことには一切の抵抗はなくなっているんですね。

 

インターネットとはいえ、公の場でこうして自分の過去や想いを発することは20年前の私からは想像さえできないことです。

 

ではなぜ、内気な私が人の目を気にせずに発信することができるようになったのでしょうか?

 

それは、ある一つのきっかけとやってみよう!という勇気だけだったように思います。

実際書くことを続けることによって、私はどんどん本当の自分を取り戻すことができました。

 

さて、ここで考えていただきたいことがあります。

 

私に限らず多くの方は、家庭内や学校で、いわゆる、道徳、常識というものを身につけ、それを維持し、強化してきているように思うのです。

 

「こうあらねばいけない」

「こうしないといけない」

「周りがこうしているから、私も同じことをしないといけない」

 

と、知らず知らずのうちに、我慢して頑張ってはいないでしょうか?

 

どこかで違和感や居心地の悪さを感じても「みんな同じ。人生こんなものだよ!」と、自らの感情に蓋をして生きてきている部分があるように思うのです。

 

私が実際このように我慢が普通という生活をしてきました。

 

しかしながら、私がそこから脱出できたのは、書く経験をしたからこそだと言い切ることができます。

 

「書く」ことで、今まで無視していた感情に寄り添うことになり、そこでじっくりと考えを広げることにもなり、更に、それはある意味自分の思い込みであり洗脳であると気付くことにもなり、少しずつ手放すことができるようになったと思うんですね。

 

最近では旧友に、

 

「あんた、キャラ変した?びっくりなんだけど!」

 

と言われることも多くなりました。

 

きっと昔と違う雰囲気が出ているのでしょうね。

でもね、これはキャラ変したのではなく、こっちが本来の私。今はそうはっきり言えますよ。

おかげ様で、今はとても生きやすくなりました。

 

ですから、私にとっての平成は深い闇の連続の時を過ごしながらも、やっと光を見出した、そんな時代とも言えます。

 

私の平成はインターネット共に生きた時代です。

インターネットが私にどのような変化をもたらしてきたのかをこれから紹介していきたいと思います。

 

パソコンというオモチャを手にしたあの時、そこから私の人生が変わり始めた

私が初めてパソコンと携帯を手にしたのは2003年のことでした。

 

この時は本当に嬉しくて、毎日深夜まで、時間を忘れてパソコンを触っていました。今思えば、完全なオタク状態ですね。

 

私が感動したことといえば

  • 一つは、検索ワードを入れるだけで、海外の情報がすぐわかるということ
  • もう一つは、オンラインでトレードができるということ

この2つが主なものでした。

 

当時は「冬ソナ」ブームで(笑)、私もハマりにハマって、毎晩寝ずに韓国の情報を随分と漁っていましたね。

 

Amazonを知ったのもこの頃で、以前なら書店で取り寄せ注文しないと手に入らなかったような本も、Amazonにアクセスすれば一発で手に入ることを知り、それから私のクレジットカードの利用額は右肩上がりです。

 

株式の売買に関しても、自分で直接注文できて、しかも即売買が成立することに衝撃!チャートが表示されるツールもあって、

 

「今までの電話取引は何だったの???」

「四季報やチャートブックを眺めていた私って???」

 

まるで、タイムマシンで未来に飛んだ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のような世界そのものでした。

このようにして、私はネットーサーフィンとオンライントレードに8年ほど没頭することになります。

 

8年ですよ。長いですよね???

これには深い理由が存在するのですが、「暇な主婦」と思われてもそれはそれで良いと思っております。

ただ、私の心が満たされていたのかというと、決してそうではありませんでした。

それはなぜかというと、冒頭の部分でも少し触れていますが、私の一人息子が長年不登校だったからなのです。

 

息子は、小学校2年から高校3年まで11年間不登校を貫き、24時間、365日、自宅と私の警備をして過ごしてきたのです(平成30年の3月現在は、大学2年生で、普通に通っています)。

 

この息子の不登校は、今でこそ私の「ネタ」として大活躍をしてくれていますが、当時の葛藤を簡単に書くとなると365日は必要です。

 

ですので、これらの葛藤をここで述べることは割愛させていただきますが、私は息子を家に1人置いて働くこともできず、かといって誰かに預けることもできず、自分で一緒に家にいると決断したものの、自宅で悶々とした気持ちで過ごしていたのです。

 

その慰めといいますか、気持ちを紛らわせてくれたツールが、インターネットであり、トレードでした。

 

でも、あの時間がなかったら今の私はなかったので、息子の不登校が現在の私を引き寄せたとも言えると思います。

 

もし、息子が普通に登校できていたら、私は間違いなくどこかの会計事務所に所属していたでしょうし、もしかしたら、夢であった会計事務所を開いていたかもしれないのですから、こうしてインターネット上で文章を書くことはまずなかったでしょう。

 

「道」を変えざるを得なくなった息子の不登校でしたが、それが今の私の「道」となり、結果、生きるのが楽になっているのですから、転機がどのような形で訪れるのかなんてわかりませんね。

 

こうして私のインターネット依存は8年続きました。

ただ、この時はまだ閲覧側、サービスを利用する側の立場だったんですね。

 

そして、2011年に、私が発信者になるきっかけが訪れることになります。

 

繰り返しになりますが、私は内気なタイプの人間です。

人前で話すことは大の苦手ですし、自分の書く文章を誰かに読まれることにも恥ずかしさを感じていました。

体育ばかりに熱中していた学生時代なので、実際、文章を書くことも得意ではありませんでしたしね。

会計という仕事に従事していたため、数字には強いと思われがちでしたが、全くそんなことはなく、苦手科目は数学という有様でもあったのです。

 

そんな私が180度変わるきっかけとなったという出来事というのが、そう、東日本大震災でした。

 

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